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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)7116号 判決

原告 湯沢栄作

被告 社団法人日本物理学会

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対して、原告が被告に投稿した四件の学術論文(被告受付番号第五三〇二号、第五三〇三号、第五三八八号、第五四七一号)を被告発行の機関誌『Journal of the Physical Society of Japan』にすみやかに掲載せよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の申立

主文と同旨。

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告社団法人日本物理学会(以下「被告物理学会」という。)の会員である。

2  原告は被告物理学会に対して、同被告の発行する機関誌『Journal of the Physical Society of Japan』(以下「機関誌ジヤーナル」という。)に掲載させるべく、会員として被告物理学会の定める投稿規定に基づき四件の学術論文(被告物理学会受付番号第五三〇二号、第五三〇三号、第五三八八号、第五四七一号。以下総称して「本件学術論文」という。)を投稿した。

3  しかるに被告は、原告が投稿した本件学術論文については、いずれも客観性と論理性を有していないとして、機関誌ジヤーナルヘの掲載を拒絶した。

4  被告物理学会が本件学術論文について執つた掲載拒絶の措置は、本件学術論文に対する正当な評価を誤つた結果なされたものであるうえ、そもそも被告物理学会の公益的性格に鑑みると、本件学術論文に対して掲載を不適当と判断することは権利濫用であるばかりか、原告の憲法上保障された学問の自由を侵害するもので許されない。

5  よつて、原告は被告物理学会に対して、同被告が発行する機関誌ジヤーナルに本件学術論文の掲載を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3記載の事実は認める。

2  請求原因4については争う。

三  被告の主張

1  本案前の抗弁

被告物理学会は、その構成員である会員の研究報告を内外に発表すること及び会員が一様に得られる研究上の便宜を図ることを目的とする団体であつて、右目的達成のために機関誌ジヤーナルを毎月発行しているものにすぎず、会員から投稿された論文のうち、何れかを右機関誌に掲載するか否かについては被告物理学会の純然たる内部問題にして自主的に判断されるべきものであつて、司法審査の対象とはなり得ないから、本件訴えは不適法である。

2  本案についての主張

被告物理学会において定めた機関誌ジヤーナルの投稿規定では、掲載すべき論文はオリジナルな研究で、かつ、追試の可能性を保証できるだけの情報を盛つたものでなければならない旨定めているところ(ジヤーナル投稿規定1・2・1本論文の項・(i))、原告が投稿した本件学術論文についてはかかる要件を欠如しており、被告物理学会としては本件学術論文を機関誌ジヤーナルに掲載する義務は負わない。

理由

一  弁論の全趣旨によると、被告物理学会は物理学とその応用に関して会員の研究報告を内外に発表すること及び会員が一様に得られる研究上の便宜を図ることを目的として設立された団体であつて、定款のほかに細則等の規範を定めたうえ、委員会、理事会等の各種機関を設置して自律的に会務の運営がなされていること、また、右目的達成の一手段として機関誌ジヤーナルを発行しているものであるが、同機関誌の編集については、ジヤーナル編集委員会規定に基づき設置された編集委員会がこれを担当し、同委員会は会員から投稿された論文について、その水準の程度、他の投稿論文との優劣、その他掲載要件の充足の有無等に関する内容的審査を加えて、右機関誌に掲載すべきか否かの最終判断を行なつていることが認められる。

二  ところで原告は、被告物理学会の会員として投稿した本件学術論文に対する評価が不当であることを前提とし、併せて被告物理学会の公益的性格及び学問の自由を主張して機関誌ジヤーナルヘの掲載を求めるものである。しかしながら前記認定した事実から明らかなとおり、被告物理学会は一個の社会的団体として存在し、その発行にかかる機関誌ジヤーナルについても内部的に編集委員会を設置して自主・自律的に運営を行なつているものであり、したがつて、右機関誌にいかなる論文を掲載すべきかはもつぱら被告物理学会の純然たる内部運営の問題、とりわけ編集委員会の自主的な判断に委ねられるべき事項に属しており、その採否の判断の当否については、具体的に法令を適用して解決すべきものではないから法律上の争訟性を有せず、司法審査の対象とはならないと言うべきである。 三 以上の次第であるから、原告の本訴請求は不適法な訴として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上稔)

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